終点は柵で囲われてしまっていますが、線路はまだ車止めの先へと続いています。
しかしこういう状況を見るとそれは夢物語のように聞こえてしまいます。
色褪せきったといった感じの踏み切り標識。
18年の月日は重いです。
18年の月日は重いです。
途中線路上に鉄板が何枚かひいてありました。
ガーター橋の上を歩きやすくするための処置のようです。
要するに普段から歩いてる人がいる、ということ。
ガーター橋の上を歩きやすくするための処置のようです。
要するに普段から歩いてる人がいる、ということ。
まるで庭の一部のよう。
完全に枕木は埋まってしまっています。
線路も出てるのは頭だけ。
完全に枕木は埋まってしまっています。
線路も出てるのは頭だけ。
自転車置き場になっていたりもします。
ちなみにこのあたりもかつて駅があった場所。
ただし昭和16年廃止と相当に古い廃駅なので、遺構はほとんど見当たりません。
ちなみにこのあたりもかつて駅があった場所。
ただし昭和16年廃止と相当に古い廃駅なので、遺構はほとんど見当たりません。
この区間の廃止時まではホーム跡が残っていたそうですけどね。
線路横に残るレンガ壁が唯一の名残だとか。
日の出紡績工場跡だそうです。
日の出紡績工場跡だそうです。
続く。