西這田駅と燃えてしまった石野の便所  三木鉄道跡歩き再び その4

別所駅出てすぐの川にかかるコンクリート橋梁の銘板。
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這田川橋梁の名が読み取れます。
設計は大阪鉄道管理局。着手は昭和51年2月の18日。竣工は同12月22日。
工事開始から完成までの間は仮線を設置していたんでしょうか…?

この辺の記録ってのは残ってないんだろうなぁ。

一面の水田地帯の中に勾配票がポツリと。
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バス停には簡単なつくりの椅子が。
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こんな季節にこんなところで待ってたらバス来る前に倒れそうだなぁ。


別所とれとれ市場裏手の線路跡。
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あぜ道みたいにしか見えないな。

西這田駅は変わらぬままです。
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初めてここを訪れたときは工場裏手になっててこの駅に気づかなかったんですよねぇ。
懐かしいな。



途中農道に完全に分断された区間も。
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道床がもう無い…

石野駅が見えてきました。
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このときは気づかなかったんですが、よく見ると人影が…


駅正面。
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正面に入る路地のところで家の工事か何かを行っている様子。
ちょうど昼休憩だったようで、工事する人が日陰になる駅舎内でぐったりしていましたw


無残な姿となっていたのは便所。
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放火なのかタバコか何かの不始末なのか。
真っ黒な燃え跡が痛々しいです。

人気の無いところだけに、ねぇ…

雨どいは飴細工のようにぐにゃりと垂れ下がって…
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残念だけどこうまでなると、早いうちにトイレは撤去した方がいいかもしれませんね。
こういう姿をさらし続けるのは治安上もよくないと思う。


こっちから見ると何も変わらない姿に見えるのにね。
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ちょっと寂しい気分になりながら。探索終わりも近づいてきました。





つづく